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[126] 愛の力 投稿者:ジェラー・ウィリアムズ 投稿日:2008/01/13(Sun) 15:34  

愛する者ちた、お互い愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。      Tヨハネ書4:7

知的障害のある友人のハリーは、教会では私たちの隣に座っています。ある日曜日、私たち夫婦は教会の古い素晴らしい賛美歌を歌うために立ち上がりました。ハリーは言葉がわからないので、立ちませんでした。言葉がわかるとハリーは立ち上がり、大声で、ほとんど調子はずれてに歌います。

私たちの後ろの席で、一人の女性が賛美歌を歌いながら、泣き出しました。その人を困らせたくないので、私たちや周囲の礼拝者たちは、この人の涙に気づかないふりをしました。そうです、一人を除いて礼拝者全員です。ハリーは、立ち上がりました。そして女性の所に行って、暖か抱きしめました。それは、私が目撃した最も感動的な憐れみの行為でした。

ハリーにはある意味の限界がありますが、愛の力とは何かを私たちに教えてくれました。人が苦しみにある時、愛は行動します。

今日の黙想
愛は、悩んでいる人々に憐れみをもって手を差し伸べます。

祈祷:主よ、あなたの憐れみと、それを私たちに示してくれる人々を感謝します。あなたのように、痛みを覚えている人々に反応させて下さい。アーメン。

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[125] 必要を満たしてくださる神様 投稿者:平和を得るためのヒント 投稿日:2008/01/12(Sat) 20:12  

そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。(マタイ6:31)
何でもわかりきっていたい、何でも自分の計画どおりに物事が進んでほうしい。ともすれば、こういった悪い癖を私たちは持ってしまいます。自分の思うとおりに計画が進まないと、うろたえ、心がかき乱されます。それが、私たちにとってなくてはならない事柄に関することなら、ことさら心配になり悩んでしまいます。

人生の思いがけない事柄に押してつぶされたりしないで、逆にそれを前向きに捉えるべきチャレンジだと思ってください。そのチャレンジとは、必要を満たしてくださるイエス様に自分は信頼することができるか、ということです。神様は、私たちの面倒を見てくださり、さらに養ってくださることを約束しています。イエス様に信頼し、あれこれ考える悪い癖を捨て去りましょう。そして、「信じる」ということを今始めるのです。

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[124] 共同体を一つにする愛の絆 投稿者:チャールズ・コールソン 投稿日:2008/01/12(Sat) 00:14  

私は廊下を通りすぎるとき、時々目頭が熱くなります。障害あるの学生が車椅子でトイレに行くと、一般の学生がトイレの扉を開けてあげます。自閉症の学生が一人で立っていると一般の学生が静かに近づき、手を取って共に歩いてあげます。普通、一般の学生が、障害のある学生を助けていると考えます。とんでもありません。かえって障害のある学生が、一般の学生の成熟を助けているのです。障害のある学生は何ら訓戒もなしに、その存在だけで、一般の学生の自尊心と頑固さを砕き、子どものような幼稚さを捨てさせるのです。さらに、一般の学生が得るものがあります。神から与えられたいのちを貴く感じ、愛する心をもつようになることです。

これは本によって教えられるのではなく、共に生活する共同体の愛を通じて学ぶことできるのです。ゆえに、私は統合教育を締めることができません。今よりも何倍もの経済的損失を出すとしてもです。私はいつも子どもたちに話しています。「君たち、君たちは障害のある学生を助けるのではないんだ。障害のある学生も助けを受けるのではない。君たちはお互いにあるがまま、共に生活すればいいんだ。」

神は私だけを召されたのではなく、私たちみなを召されたのです。

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[123] 条件はない 投稿者:コール・ワーナー 投稿日:2008/01/09(Wed) 17:28  

主に依り頼む人は、シオンの山、揺らぐことなく、とこしえに座る。(詩篇125:1)

私は男子の聖書研究グループに入っています。私たちの基本ルールの一つは、私たちがどんな話題を話し合うときも心を開いて自由に語る、ということです。最初、私は自分の心の底の秘密と心配事について他の人たちと話合うことは難しいと思いました。時が経つにつれて、私はだんだん心を開き。信頼するようになりました。しかし、心の中では、私たちの誰かは自制できず、人を裏切ることがあることも分かっています。結果として、私は信頼に何かしらの条件をつけていたのです。

神を信頼するとはそうしたことではありません。神の本質を知っている私は、神をむ条件で信頼することが出来ます。この信頼は決して裏切られることはありません。神はすでに私たちの奥底にある秘密、心配、罪を知っておられます。私たちの側にためらいがあり、自分を赦せずにそうしたことを神に打ち明けられないことは度々ありますが、詩篇18:31(口語:30)は、「神の道は完全、主の仰せは火で練り清められている。すべて御もとに身を寄せる人に主は盾となって下さる」ことを私たちに知らせてくれます。神がどんなときも私たちを愛し、赦して下さるので、私たちは自分の秘密や必要のすべてを、何の条件もつけずに神に委ねることが出来るのです。

祈祷:主よ、すべてのことをあなたに委ねられますように。あなたの私たちに対する全き愛と誠実を思い出させて下さい。アーメン。

今日の黙想
神は私たちの心の奥底の秘密を知っておられ、愛を持って私たちを見ておられます。

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[122] イエスの生涯の秘訣 投稿者:ステイーブン・D・ブライアント 投稿日:2007/12/31(Mon) 13:04  

イエスの生涯が非常に実り多いものであったことの秘訣は、その生涯が絶え間ない祈りと、神との親密な交わりという、肥沃な土壌に根付いていたことにあります。ルカ福音書は、イエスの生涯におけるいのりについて、最も分かりやすい場面を描き出しています。イエスの宣教は「”霊”によって引き回され、40日間・・・(4:1-2)」を過ごされた荒野の祈りから始められました。イエスは、自分の意志で善行を行われたのではなく、「主の霊がわたしの上におられる(同4:18)」と言われたように、神のみ心によって行動されたのです。イエスは毎日を神と共に始められ(同4:42)「神に祈って夜を明かされた(同6:12)」あと、弟子たちを呼びおせました。
イエスは、神との親密な交わりと人々との語り合いをごく自然に繰り返されました。ペテロの告白の物語(同9:18−20)は次のようにして始まります。「イエスがひとりで祈っておられた時、弟子たちは共にいた。そこでイエスは、『群衆は、わたしのことを何者だと言っているか』とお尋ねになった」イエスは「祈って」おられたかと思うと、次には、心のうちを探る質問をされました。マタイが記しているように、神が表されたのはペテロの答えではなく(マタイ16:17),イエスの問いでした、この問いは、イエスの祈りという形で表されました。
最期の時、イエスは、苦しまれて死ぬ時にも、自らの魂を注ぎ続けました。オリブ山でイエスは一心不乱に祈り、こう言われました。「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください(ルカ22:42)」
不当にも十字架にかけられながらも、イエスは敵のために祈り、嘆願しました。「父よ、彼らを御赦しください・・・(ルカ23:34)」息を引き取る時も、イエスは祈りました。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます(同23:46)イエスは、生きておられた時と同じように、全てを進んで神に死なれました。
イエスは、私たちに同じようにすることを求めておられます。私たちの行いを絶え間ない祈りという土壌に根付かせ、神の恵みという果実を人々のために実らせるのです。これからの59日間、「”霊”によって引き回される」ために毎日祈りながら、何が起きるか見守っていきましょう。

[121] しわしわの一万、伸びた一万 投稿者:ジョウ・ジョウソン 投稿日:2007/12/23(Sun) 15:27  

夫は寝付けず寝返りを打った後、起き上がって、しわくちゃになった一万円札を一枚出しました。「それ何のお金?」と聴く妻に、夫は「君のやつれた姿を見てすまなく思う」と言い、「明日、一人で」そっと焼肉屋へ行ってお肉をいっぱい食べて来ない」と言いました。しわくちゃの一万円札を伸ばして手に渡してくれる夫の暖かい遠慮に、妻は目頭が熱くなりました。しかし、妻は老人の交わりの場に通っているお舅さんを気遣い、エプロンのポケットからその一万円を出して、お舅さんに渡しました。「なかなかお遣いもあげられなくてすみません。このお金でお友達とお食事でもしてください。」お舅さんは苦しい生活のやりくりに大変な思いをしているお嫁さんにすまなく思い、そのお金を使えず、タンスの奥にしまっておき、老人の交わりの場に行っては自慢するばかりでした。

翌年新年の朝を迎え、おじいさんは孫娘から新年の挨拶を受けました。小さかった娘がいつの間に大きくなり、来年は小学生になります。孫娘から新年の挨拶を受けると、タンスの奥に置いていたその一万円をお年玉としてあげました。おじいさんにとって孫娘は目に入れても痛くないほどかわいいのです。「おじいさん、ありがとう。」お年玉を貰った娘は台所にいるお母さんを呼び出します。「お母さん、ランドセルはいくらなの?」お母さんは娘の心を知り、微笑みました。娘はじいさんに貰った一万円を母親に渡しました。「お母さんにお預けるから、来年かわいいランドセル買ってね。」

最近、夫が大変なようです。顔には出さないけれども、近頃寝言まで言っています。毎朝持って行くお弁当のおかずがすっぱいキムチであることも気になっています。妻は静かに夫の背広のポケットに、昼間娘から預かった一万円を入れておきます。「あなた、明日、美味しいものでも食べてください。」というメモとともに・・・

日々のみことばの家族の皆さん、暖かい愛を分かち合うことのできるクリスマスを迎えられるようにお祈りいたします。


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[120] 主は私の助け主 投稿者:平安を得るためのヒント 投稿日:2007/12/15(Sat) 08:31  

主ご自身がこう言われるのです。「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主はわたしの助け主である。わたしには恐れはない。人は、わたしに何ができようか」。(へプル13:5、6)

神様は、今までに何度も、傷ついている私たちのほうへご自身から走り寄ってくださるのでしょうか。神様の助けは、助け主、聖霊を通してきます。この方については学ぶべきことがたくさんあります。聖霊は私たちの先生であり、イエス様について教えてくださいます。また、イエス様のような生き方ができるように私たちを整えてくださいます。さらに、助け主である聖霊をとおして、私たちがクリスチャンとして生きていくのに必要なもののすべてを神様は与えてくださいます。このことを知ればしるほど私たちは揺れるぎない安らぎを覚えます。

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[119] 子供の声 投稿者:ルイーズ・カーター・キルパトリック 投稿日:2007/12/11(Tue) 11:30  

狼は小羊とと共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち、小さい子供がそれらを導く。(イザヤ書T1:6)

空は青く、太陽は輝き、花は咲き乱れていました。ある夏の日のことでした。しかし、私の心には太陽の輝きはありませんでした。3ヶ月前、夫が死んだのです。私は30歳で、2歳と5歳の二人の息子がいます。5歳のテリーは自分の部屋で静かに遊び、私は机に向かって新聞をめくっていました。突然テリーが部屋から出てきて大声で言いました。「ねえ、公園に行こうよ」私は少しためらいましたが、「いいよ、行きましょう」と言いました。

テリーは私の前を走りぬけ、一目散にすべり台に向かって行きました。2,3回滑ると私のところへ戻ってきて私のところへ戻ってきて私の手を握り、一緒にゆっくり歩きました。きれいな花の前で立ち止まったとき、テリーが私を見上げてこう言うのです。「ママ、心配しないで。僕たちいつか、また幸せになるさ」

テリーが私の手を握りしめてその励ましの言葉を言ったとき、私はこの子の言葉は真実だ、と思いました。私は悲しみの中で神を忘れていたのです。神は私たちが困難と苦しみの中にあるときでも、私たちを見放しはしないことを思い出させ、私たちに慰めと希望を与えるために子供をお使いたなったのです。

祈祷:恵み深い神様、あなたが私たちと共にいて下さることを忘れているとき、私たちに語りかけ続けて下さることを感謝します。アーメン。

今日の黙想

神の愛と臨在を思い出させるものは何でしょうか。

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[118] 必要を知っておられる方 投稿者:平安を得るためのヒント 投稿日:2007/12/10(Mon) 15:04  

私の神は……あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。(ピリピ4:19)

この聖句は、私たちにとって神様からの約束であり、チャンレンジでもあります。このことが神様からの約束であることは明らかです。神様は与える方であり、私たちを守りとおしてくださる方です。さらに、幹線中田です。私たちの必要なものは何でも与えてくださいます。この約束を思い出すなら、不安は和らぎます。この箇所は私たちにとってのチャレンジでもあると言いましたが、これは、私たちの信仰を試す間接的なテストであると言うことです。ですから、先ず私たちがしなければならないことは次のように問うことです。「神様、必要なものはすべて備えられるということを信じることが、私にはできるでしょうか」と。

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[117] 新しい召命 投稿者:ジョン・アイバーグ 投稿日:2007/12/09(Sun) 01:20  

何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。求める時、失う時、保つ時、放つ時、(コヘレトの言葉3:1、6)

若い頃、私は日曜学校で喜びを持って教え、2、3の新しいクラスを手伝いました。年を重ね、定年近くになると、教えることも大変で、最終的には辞めることにしました。職場だけでなく、日曜毎に教えることも辞めたのです。辞めたことで、私はほっとしました。
聖書が私たちに語っているように、神は私たちが人々に伝えるために多くの賜物を下さっています。「これらすべてのことは、同じ唯一の”霊”の働きであって、”霊”は望むままに、それを一人一人に分け与えて下さるのです(Tコリント12:11)」そして私は、そのまま教え続けていたら与えられなかったかも知れない別の奉仕を見つけたのです。

神の召しに対する私の応えは、生涯を神に伝え、捧げることであるということは分かっていましたが、更に神の大きな召命の内には多くの奉仕の道があることが分かったのです。これらの召しは御旨のままに与えられ、取り去られます。時が来られば役割や任務を終える、しかし、神との関わりは生涯しっかり持ち続ける、という教えを学んだことを私は感謝しています。これは神の至上の贈り物です。

祈祷:主なる神様、あなたの新なた召命に応えるために、これまでしてきたことを手放す時を教えください。アーメン。

今日の黙想

神の新たら召しに耳を傾けましょう、そして奉仕する新たらな機会を探しましょう。

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[116] 助け主 投稿者:平安を得るためのヒント 投稿日:2007/12/06(Thu) 13:48  

しかし、助け主、すなわち、かみが私の名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたくしがあなたがたに話したすべてのことを思いおこさせてくださいます。(ヨハネ14:26)
幼子が傷ついた時に慰めを求めて信頼する親のもとへ走っていくように、私たちも神様のもとへ走っていけます。

神様は、今までに何度も、傷ついている私たちのほうへご自身から走り寄ってくださるのでしょうか。神様の助けは、助け主、聖霊を通してきます。この方については学ぶべきことがたくさんあります。聖霊は私たちの先生であり、イエス様について教えてくださいます。また、イエス様のような生き方ができるように私たちを整えてくださいます。さらに、助け主である聖霊をとおして、私たちがクリスチャンとして生きていくのに必要なもののすべてを神様は与えてくださいます。このことを知ればしるほど私たちは揺れるぎない安らぎを覚えます。

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