神様の領域橋本 徹 銀行会長

プロフィール

1957年東京大学法学部卒。米カンサス大学院フルブライト留学(経済学)。 2003年から現職。IASCF(国際会計基準委員会財団)評議員のほか、日本経済調査協議会理事長などを務める。

恵みの証し

私はものごころついた頃には毎日曜日、母に連れられて教会学校に通っていました。高校学校に進学してからは、かなり熱心に聖書を読むようになり、自分の罪深さを痛切に自覚するようになりました。そのおかげて、イエス・キリストは私の罪を贖うために十字架にかけられたのだとということを心から受け入れることができるようになりました。私は1957(昭和32)年に、大学卒業と同時に、富士銀行に入行しました。入行当初は信仰を堅持していたつもりでしたが、そのうちに、雑事にまぎれて、教会から足が遠のいてしまいました。思えば私の信仰は、浅い土壌に蒔かれたた種から育ってためにいとも容易に枯れてしまう植物のようだったのです。

1983(昭和58)年の春、私はニューヨーク出張していました。仕事上で、いろいろと予期せざる困難な事態が発生し、夜も眠れないような状態が続いていました。そんなある日、私の足は、知らず知らずのうちに、ホテルの近くの教会に向かっていました。久しぶりに神に祈り、説教を聴き、賛美歌を歌っているうちに心に平安が戻り、新たな力が湧いてきたのです。

まだまだ未熟弱い信仰ですが、今度こそは、しっかりと根を張り、良い実を結ぶ植物になりたいものだと思っています。毎晩、寝る前にベッドの中で聖書を読み、一日の出来事を振り返り、神のご恩寵によって生かされていることを感謝しています。

今は混迷に満ちた時代です。だからこそ、我々人間の罪を贖うために十字架に行かれ、三日目に復活された主イエス・キリストを信じることが必要だと思います。なぜなら、そうすることによって罪が赦され、神様の愛を受けることができるからです。

月刊紙「収穫の時」----------

●生い立ちと信仰

さて、「今ここに生きる」と言うことをお話しするからには、当然のことながら、私という人間が、どこから来て、今どうしているかと言うことを先ず、お話ししなければならないと思います。

私は、1934年(昭和9年)、岡山県の高梁市という所で生まれました。当時、高梁市はまだ、上房郡高梁町と呼ばれており、人口1万人位の小さな田舎町でした。これが、第二次世界大戦後に近隣の町村と合併して高梁市になったわけです。

この高梁市は、徳川幕府最後の15代将軍、慶喜に老中として仕えた板倉伊賀守勝静(かつきよ)を藩主と仰ぐ、備中松山藩の城下町として栄えた所で、風光明媚な田舎町です。(今年のNHK大河ドラマに登場。)

この高梁市に、はじめてキリストの教えが伝えられたのは、1879年(明治12年)のことでした。1880年(明治13年)には、同志社大学の創立者である新島譲も高梁市を訪ねて伝道したと伝えられています。

このような伝道活動の結果、1882年(明治15年)4月26日に高梁教会が創立、現在も日本基督教団高梁教会として続いており、今年で創立116周年を迎えます。

私の母は、この町の女学校に行っていた頃、この教会の感化を受け、後に、京都の女子教育専門学校に通っていた頃、受洗し、卒業後、この町に帰って母校の教師になり、また、高梁教会の会員になりました。やがて私の父と結婚しました。わたしの父の家は、代々、この町の禅宗のお寺(安正寺)の檀家をしておりましたが、私の母は、結婚の条件としてキリスト信仰を続けることを父に認めさせて結婚したようです。

そんなわけで、私は子どもの頃から、母に連れられて高梁教会の日曜学校に通っておりました。そう言うわけで、聖書のお話は子どもの頃からよく聞いており、知識としてのキリスト教には親しんでいたわけですが、これが、信仰に結びつき、受洗に至るには、やはり、大きな個人的な試練と目覚めを経ることが必要でした。

その試練とは、二つの出来事でした。 一つは、高校三年生の夏に大病(急性肝炎)を患ったことです。死の恐怖、絶望、無力感、人生と死について深く考えました。健康であったときには気付かなかった自分の弱さ、無力さ、罪深さに気が付きました。何か、全てを超越した絶対的な力に依り頼みたいという気持ちが起こりました。このことが、聖書についての単なる知識を信仰に高めてくれました。「神様、助けてください。あなたに一切をお委ね申しあげます。」という心を起こさせてくれました。幸い二ヶ月ほどで病気は直りました。

もう一つの体験は、大学受験の時のことです。私は大学受験直前にひどい風邪をひいて高熱を発しました。しかし、受験日の前日に熱が完全にひき、無事受験し合格することができました。まさに奇跡的なことで、神様の恵みを実感しました。そして、1953年(昭和28年)3月、高校卒業と同時に信仰を告白し、洗礼を受けました。

同年4月、東京大学に入学、渋谷の聖ヶ丘教会に転入会しました。1956年4月、東京大学学生基督教青年会(東大YMCA)に入会しました。その頃、日本福音ルーテル教会の本郷学生センター(バイブル・センター)の設立に参画し、私は米国人宣教師(Morris Sorenson師)の通訳として奉仕しました。この本郷学生センターは今も続いています。

●銀行マンとしての導き

そして、1957年(昭和32年)3月に大学を卒業し、富士銀行に入行し今日に至っています。就職後もしばらくは教会に行っていましたが、そのうちに教会から足が遠ざかりました。

当時は土曜日は休日ではなく、月曜日から土曜日までの勤務でした。日曜日は銀行のスポーツ等の行事があったり、くたびれて朝寝したりで、教会に行かなくなってしまいました。それでも、聖書やキリスト教に関する本は読んでおり、信仰は保っているつもりでしたが、教会から足が遠のくに連れて信仰も冷めていきました。

思えば、私の信仰はマタイによる福音書第13章5〜6節の「ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのです ぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。」というような、根の浅い信仰でした。

そして長い年月がたちました。1983年(昭和58年)の春、私は米国シカゴに本拠を置く商業金融会社(日本でいう、ノンバンク)「ヘラー社」の買収の仕事で頻繁に米国に出張していました。いろいろと困難な事態が発生し、くじけそうになることもありました。疲労困憊し、フラストレーションに陥ることもしばしばありました。そして、ふと「我に帰る」と、心にポッカリと穴があいたような空しさ、「心の渇き」を覚えました。

そのような中で、ある日曜日、私はふと出張先のニューヨークのホテルの近くにあった教会に立ち寄りました。そのニューヨークの教会で、久しぶりに静かに祈っているうちに、心に平安が戻り、新しい力が湧いてきました。私は、まさに、ルカによる福音書第15章11〜32節の「放蕩息子」と同じでした。神様から遠ざかり、放蕩三昧に明け暮れていた罪深い私を、神様は赦し、再び温かく、その家に迎え入れてくださったのだと感じました。いや、むしろ、神ご自身が私を連れ戻してくださったのだと思います。こうして、迷える羊は再びキリスト者の群に復帰することが出来たのです。

1984年1月、「ヘラー社」の買収が完了し、私は直ちに副社長として同社に出向し2年間シカゴに勤務しました。その間、日曜日には家内と一緒に社宅の近くの教会に通いました。

1986年1月、シカゴ勤務を終えて帰国し、埼玉県所沢市の自宅の近くにある所沢教会の会員になりました。その後、1991年(平成3年)6月に、富士銀行の頭取になり、1992年(平成4年)11月に中目黒の社宅に転居し、現在は、渋谷区南平台の聖ヶ丘教会の客員になっています。この教会は、先程申しあげましたように、私が大学時代にお世話になっていた教会です。

現在の牧師さんは、山北先生と言い、大変伝道に熱心で活動的な先生です。説教は大変力に満ち説得力があります。また、必ず駄洒落やジョークを交え、説教中に爆笑が起こるというような楽しい説教です。聖歌隊も大変素晴らしく、楽しく、かつ聖霊に満ちた活動的な教会です。どうぞ、皆さんもおいでください。大歓迎です。

●神様の御心のままに生きる

以上が私の略歴です。そして、私は、今ここに生きているわけです。いや、むしろ私は、今ここにこうして神様のご恩寵によって生かされているのだと思います。これまでの私の人生は総じて、幸せに満ちた充実した素晴らしい人生でした。神様のお恵みに心から感謝しております。

そうは申しましても、私たちはそれぞれの人生を生きていく中で様々な困難や試練に遭遇します。そして、一所懸命努力します。しかし、どう努力しても、どうもがいても、どうにもならないというようなことがよくあります。

旧約聖書ヨブ記第二章10節で、神の試練を受けたヨブは次のように言っています:

わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。

しかし、私はそこまで悟りきった境地にはなれませんので、「神様どうか助けてください。」と祈ります。しかしながら、結果は自分の思い通りにならないこともしばしばです。

何故か。

その答えは新約聖書のヤコブの手紙第四章3節に書いてあります:

願い求めても、与えられないのは、自分の楽しみのために使おうと、間違った動機で願い求めるからです。

確かに私たちは、自己中心的で、自分の幸福のために祈ることが多いと思います。神様の栄光のために、また、他人の幸福のために祈ることが大事だと思います。また、自分のために祈るときも、結果については一切を神様の御心にお委ね申しあげるべきだと思います。

同じヤコブの手紙第四章13〜15節に次のように書いてあります:

よく聞きなさい。『今日か明日、これこれの町へ行って1年間滞在し、商売をして金もうけをしよう。』と言う人たち。あなたがたには自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行く霧にすぎません。むしろ、あなたがたは、『主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう』と言うべきです。

十字架上の死を前にしたイエスも、マタイの福音書第26節39〜42節で次のように祈られました:

父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。

また、父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。

そして、神様の御心に従って十字架上の死を遂げられたのです。私たちも主イエスにならって同じように祈るべきだと思います。極めて次元の低い話ですが、私は、仕事柄、飛行機に乗って出張することが多いのですが、時折、飛行機が乱気流に巻き込まれてグラグラと大きく揺れ、今にも墜落するのではないかと不安になることがあります。そのような時、私は「神様どうか、御心ならばこの飛行機が無事に目的地に到着いたしますようにお守りください。しかし、一切をあなたの御手にお委ね申しあげます。あなたの御心が行われますように。」と祈ることにしております。そのように祈ると、不思議に心が安らぎます。

また、ご存知の方もおられるかも知れませんが、私は、2年ほど前に、全国銀行協会連合会(全銀協)の会長をしておりました際、住宅金融専門会社(住専)の問題について国会に呼び出されたことがあります。一度は参考人として、また、一度は証人として喚問されました。その時は、こういう質問が出たら、こう答えようという風に想定問答を作って一所懸命勉強しました。しかしながら、もしも想定していなかった質問が出たらどうしようかと不安でした。

その時も、最後はこう祈りました。「神様、私がなすべきことは全ていたしました。国会で難しい質問が出ても、誠意をもって答えるよう、最善の努力をいたしますのでどうかお導きください。一切をあなたの御手にお委ね申しあげます。御心が行われますように」と。そうすると、不安がなくなり、どんな質問にも、比較的落ち着いて答えることができました。神様が祈りに応えて、助けてくださったのだと思います。

そもそも、私たちは自らの意思でこの世に生まれて来たわけではなく、神様の御心によって生まれて来たのだと信じます。旧約聖書の創世記に書いてありますように、神が天地を創造され、人間を創造されたのです。ところが、その人間(アダムとエバ)は、神の掟に背いて禁断の木の実を食べ、エデンの園から追放されてしまいました。

そこから人間の悲劇が始まりました。「神に背くこと」「神に不従順であること」これが罪です。人は皆、この罪を背負って生まれてくるのです。私たちは、皆「罪人」です。しかしながら、私たちは、通常その罪を自覚していません。「私は人の物を盗んだこともないし、人を殺したこともない。従って罪人ではない。」と思いがちです。しかしながら、イエス・キリストはこのように教えています。

あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。(マタイ5章21〜22節)。

あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心のなかでその女を犯したのである(マタイ5章27〜28節)。

つまり、私たちは、たとえ行動において罪を犯していなくても、心の中で罪を犯していれば、神の裁きを免れることはできないのです。そして自分の心の中を覗いてみますと、自分がいかに罪深い存在であるかがわかります。これはまさに、絶望的です。

それでは、どうしたら罪から救済されるのでしょうか。旧約聖書の時代の人々は、自分たちを罪から救済してくださる救い主の出現を待ち望んでいました。そして、その救い主はついに1998年前にこの世においでになりました。イエス・キリストの降誕がそれであります。

新約聖書、マタイによる福音書第1章18〜25節に書いてあるとおり、乙女マリアの夫ヨセフに主の天使がこう言われました:

ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを向かえ入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。 その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである』。

12月25日は、世界中で、人類を「罪」から救った、このイエス・キリストの降誕を祝うクリスマスです。自分の力では罪から脱出できない私たち人間を、あわれみ給うた神は、独り子イエスを私たちの救い主としてこの世に遣わされ、私たちの罪を贖うために十字架につけられたのです。

ヨハネによる福音書第3章16節に次のように書いてあります:

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである.。

皆さん。私たちは、たしかに今ここに、こうして生きております。しかしながら、この肉体はいつかは滅びます。肉体が滅んでも、決して滅びることのない永遠の命を得るためには、神の独り子イエス・キリストを信じる他はないのです。パウロは、ローマの信徒への手紙の中で次のように言っています:

罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです(ローマ6章23節)。

今ここに生き、そして永遠に生きるために、キリスト・イエスを信じ、神とキリスト・イエスに一切をお委ね申しあげようではありませんか。

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