神様の領域2010年度イスーター 

主イエスの復活

マタイ福音28:1~10

安息日が終わり、まだ暗いうちに、マグダラのマリヤと、ほかのマリヤは(マルコ16:1では、ヤコブの母マリヤとサロメとある)、香料と香油を持って、墓にやってきた(1)。それは、主イエスが葬られたのが安息日直前(日没から一日が始まる)であったため、充分な処置がなされなかったことを案じたためではないだろう。彼女らは、ガリラヤから主イエスと共にエルサレムに上がってきていた女たちであった。マグダラのマリヤは、かつて、主によって、七つの悪霊から救い出されたことがあった。彼女の、主の美羽座に対する心からの感謝と、献身、そして、主イエスに対する愛の深さを思わされる。 イースターの朝、主の復活の事実がさまざまな方法で証しされた。まず、主の墓を見張っていた番兵たちに、主の御使いが大きな地震と共に現われた。(2~4)。彼らは、それを見て恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになったと記されている。彼らは、このことを祭司長たちに報告した。御使いたちは、墓にとどまっていた女たちにも現れ、彼女たちにはっきりと、主イエスの復活の事実を伝えた。「主イエスは ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。」(6)この時、御使いは、彼女たちにこれからなすべき具体的な指示(弟子への報告と、ガリラヤでの集合)を与えているが(7)、その具体性にも、主の復活の事実の確かさが表されている。さらに、彼女たちに、ご自分の口で語りかけられた(10)。弟子たちは、初め、彼女たちの証言を信じることができなかったが、いずれ、彼らも、復活の主と喜びの対面をすることになる(17)。
祈り あなたが確かによみがえり、今も生きておられることを感謝します。

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新たな歩み

マタイ福音28:11~20

主の復活という出来事に対する、人々の受け止める方はさまざまであった。最初の目撃者となったのは番兵たちであったが、彼らがその一部始終を報告した時(11)、祭司長たちは、その事実と向き会うことなく、それが自分たちを取り巻く社会に及ぼす影響面と(27・64参照)、対応だたを考えていた。もし、番兵たちの報告が事実なら、自分たちの判断は間違っていたのではないかと、省みることはなかったのだろうか。大きな事件や、予期せぬ事実の発覚を前にして、本来、向き合わなければならない部分から、目をそらしてしまうということが私たちの歩みにも起こりうる。しかし、問題を必死に取り繕うことより、向き合うべき現実があるのではないか。祭司長たちは民の長老たちを集めて協議し、報告にきた番兵らに多額の金を渡して、虚偽の証言をさせた(13)。彼らは、かつて、主を捕えるために、イスカリオテ・ユダに銀貨三十枚を支払ったことがあったが(26・15)、このときも、事態収集のために、金の力を利用したのである。多額の金を積まれた者も、難なくそれに応じてしまった(15)。一歩、弟子たちは、第二の目撃者となったマグダラのマリヤのことばに従って(初めは、彼らも信じることができなかったのだが)、主の指示された山に登り、そこで、主とお会いした(16、17)。マタイは、中には疑った者がいたと、わざわざ記している(17)。自分たちが目撃したことを、どのように受け止めたらよいのか、戸惑う者もいたということなのかもしれない。しかし、主は、はっきりとご自身を示し(18)、また具体的に、弟子たちがこれから果たしすべき大きいなる使命をお与えになった。「あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。」(19)弟子たちは、このとき、非常な喜びに包まれ(ルカ24・52)、復活の主の証人としての使命に生きる、新たな歩みを始めたのである。
賛美 世の終わりまで、共に歩んでくださる主をほめたたえます(20)。

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