2008/5/11 日曜日

お母さんの財布  For Mother’s Day

Filed under: オウサン工房, 感想と証しの広場 — admin @ 17:16:32

chrit

3年前、中国人の姉妹と姉妹の兄と話があった。・・・

姉妹が、亡き母の形見の財布を見せる、と言い出した。兄はきょとんとした表情で、「そんなもの持ってるのか」と聞いた「うん」と答えて出したものは、5センチ四方の白色の布切れで作った手製の財布。これか?一瞬目を疑った。姉妹が尊敬する母の財布。この母の財布を手にすると、すべてを神様にささげた母の心が伝わってくるのだという。

この財布については随分前から聞かされていたが、頭に描いていたイメージとは随分違った。産婦人科医をし、お金には困らなかったという母、そんな母の財布であれば、大きな皮製、あるいは伝統手芸なりが施された立派なもので、ぼろぼろに使い古された財布かと思っていたのだが、見事に予想が外れた。中には、亡き当時そのままの紙幣が折りたたまれて、さらに、自分の病院の処方箋の裏紙に、すらすらと走り書きした母自作の詩が折りたたまれて入っていた。姉妹が兄に翻訳してとせがんだ。兄も始めた見た様子で、驚いた表情で、私のために翻訳して聞かせてくれた。

「神様、私に信じる心を与えてください。神様のために生き、世と世の思い、世の中の全てのものを捨て去る力を与えてください。私の足が滑らないようにお守りください。残り僅かの人生を生き抜くことができるように、どこでもいつでも神様が私を守ってくださいますように。94年8月15日」

同年11 月6日召天。(70歳)

読み進む内に兄の眼から涙があふれてきた。ちらっと見ると妹も同じだった。「お前どうしてお客さんの前でこんな、・・・すいません、なんだか変なところ見せてしまって」「だって、お見せするって約束したんだもん」「約束だなんて・・・もう駄目じゃないか」涙をぬぐう兄。そしてちゃっかりと、この財布は今日から僕のものだとポケットに忍び込ませた。「だめよ。それは私の大切な宝」「じゃ一日だけでいいから、一日だけ貸してくれ。一日だけ母と一緒にいたい」「だめだめ。F先生に見せるために持ってきた、F先生に見せてあげて」なんとか、妹は、母の財布の奪還に成功したようだった。

兄が言う。「母の葬式は大変なものでした。母は医者でしたから、母にお世話になり、キリスト教を信じた人は数知れません。葬儀の時には、四列で200メートルの行列が出来ました。納骨する時には、皆で静かに賛美歌を歌ったんです」キリスト教の宣教が閉ざされていた中国で、そんな出来事があったのか。母親の財布に感動、その母親の詩に感動、その詩に心を通じ合わせる兄妹の姿に感動、三重に心が満たされる思いがした。しかし、果たして自分の子供たちは、自分の死後、こんなに自分を思ってくれることなんてあるんだろうか。無理かも・・・。やはり子供たちが誇りとする生き方をしたいものだ。

「中国のクリスチャン人口は今や7000万人です。そして地方では村ごとに改宗するという出来事が起こっています。中国政府は、法倫功や統一教会など新興宗教には極めて厳しい取締りをしていますが、プロテスタントやカトリックなど既成の宗教には結構穏健なんです。」神の御業は全世界でなされている。やはり現場に出てみないとわからないことがたくさんある。私が聞いている中国の宣教事情とは少し違う印象の世界がある。いずれ中国に行ってみたい。世界宣教のフィールドの広がりと、その必要を感じる思いがした。

F

当時の中国では医療費が高く、病気になっても病院へいけない患者がおおぜいいました。祖母は退職後も、自分の退職金を使って薬や医療器具を買い、経済的に 恵まれない患者の家へ行き、ボランティアで往診治療しながら、神様の福音伝えました。沢山の患者さんは神様のことを信じました。

モーセ

2008/5/10 土曜日

子供の頃の思い出

Filed under: 感想と証しの広場 — admin @ 8:28:22

若者を歩むべき道の初めに教育せよ、年老いてもそこからそれることがないであろう。
箴言22:6

子供の頃の私の家は、丘を下り反対側の丘へ上る道の途中のちょうど谷間にありました。父は歩いて仕事に行っていました。毎日、私たち兄弟は玄関先に座り、父の帰りを待っていました。帰ってくる父を見つけて、「お父さん、おとうさん!」と叫びながら丘を駆け上がる私たちの姿を見ると、父はくしゃくしゃの笑顔になります。私たちを抱き上げ、抱きしめ、キスをし、ふざけて私たちのことを「ちび猿たち」と呼びました。家で待っている母のところに戻るまで、私たちは父にまとわりついていました。

この幸せな日々を思い出しながら、私たちまた、父親からの暖かい抱っこやキス、愛のこもった言葉もらえない子供近所にたくさんいたことを思い出しました。私は今日も、多くの子供たちが、その心を満たしてくれて親代わりの人、親の役割をする人を必要としていることを知っています。そのような人がいなければ、子供たちは感情を豊かに育むことが出来ず、愛情を表現することが出来なくなってしまいます。

私たちは自分の子供の心に、どんな種を蒔けばよいのでしょうか。私たちが教え込んでいるのは無関心でしょうか、ぬくもりでしょうか。憎しみと愛、絶望と喜びのどちらでしょうか。神から私たち与えられた愛が、自分の子供や次の世代への遺産となるのです。

祈祷:愛に満ちた父よ、あなたの愛を証人として私たちを用いて下さり、それによって身近にいる人たちが、あなたと、その人たちに下さっているあなたの愛を知ることが出来ますように。アーメン。

今日の黙想:子供たちがいつまでも幸せでいられるのは、今日私たちが子供に与える愛にかかっています。

ルイス・E・リャネス

2008/5/9 金曜日

カルバリの愛を知っていますか (48)

Filed under: カリバリの愛を知っていますか — admin @ 22:17:24

共に仕える交わりの中にいて、
友人をわたくし自身のもとに引き付けたいなどと
もし願うならば、
そしてそのためにほかの人たちが
自分は必要とされていないと感じるならば、
もしわたくしの友情が
ほかの人たちの交わりを深めることをしないで
(わたくしに対し、わたくしのためにという)
偏狭なものであるならば
その時私はカルバリの愛をまったく知らない。

2008/5/5 月曜日

Filed under: お知らせ — admin @ 13:06:01

2008.05.05 ウエルカム礼拝のご案内

新松戸福音自由教会からのお知らせ

goodnews200805

2008/5/4 日曜日

Filed under: お知らせ — admin @ 0:35:40

2008.05.03 恵みの証し特集の追加

成功を手にした8人
久米小百合
トレイ・ヒルマン
VERBAL(m-flo)
ジャネット・リン
橋本 徹
本田 路津
小坂 忠
アーサー・S・デモス

恵みの証し特集

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