2008/1/31 木曜日

眠れない夜に

Filed under: 平安を得るためのヒント — admin @ 21:40:58

11: たとい私が「おお、やみよ。私をおおえ。私の回りの光よ。夜となれ。」と言っても、
12:あなたにとっては、やみも暗くなく夜は昼のように明るいのです。暗やみも光も同じことです。(詩篇139:11〜12)

アメリカ合衆国不眠症クラブは、国内で最も大きな非会員制クラブのひとつです。何百万というアメリカ人が、毎晩、毛布で頭を覆い、眠るまでの長い時間、不眠のための会費を支払っています。彼らを取り巻いている暗黒の世界は、雷よりも大きくとどろき、なかなか寝つけるものではありません。それは、さらに音を増し、彼らは大声を上げて泣き叫びます。その全世界が、苦悶のうめき声を上げているようです。

もし、このことがあなたにも起こっているとしたら、あなたに必要なのは、夜の光です。霊的に言うなら、内側の光です。ある人が「私は安心して心を休めることができる。神様には、夜がないのだから」と言っています。あなたもこのことに気づくなら、長く眠れない夜を恐れることはありません。夜のとばりの向こう側には朝日が待機しているのですから。

2008/1/29 火曜日

新しいオーナーのもとで

Filed under: 感想と証しの広場 — admin @ 20:46:33

わたしたちとあなたがたをキリストに固く結び付け、私たちに油を注いで下さったのは、神です。神はまた、私たちに証印を押して、保証としてわたくしたちの心に”霊”を与えて下さいました。(?コリント書1:21〜22)

最近、しばらく改装のために閉じまっていたレストランが開店しました。店は明るい生き生きとしたすてきな色で塗装され、敷地は入り口に通ずる道も含めて全体を見渡せるつくりになっていました。看板も作りかえられ、伝言板には、「オーナーが変わり、名前はそのままですがメニューは新しました」と書かれていました。

このメッセージから、私はクリスチャンになった時のことを思い出しました。私は同じ名前で呼ばれていますが、変えられたのです。もう罪の縄目に縛られた古い私ではありません。キリストによって新しく造られた者です。私の人生は、人々に与えたいと心から願う、全く新しいメニューとなったのです。私はもっとすてきな人物になりました。というのは私の心には主のの喜びがあり、キリストへの扉に通じる招きの道になろうとしているからです。

今は、私は主に属するということの意味を知っています。又、「新しいオーナー」のもとにいるのです。名前は変わりませんが、新しい愛と献身をもって仕えるようとしています。

祈祷:愛の主よ。私たちをあなたの子供として下さるよう絶えず見守っていて下さり、私たちを新しく造られたものとして下さり、イエス・キリストの愛を通してあなたに属するものであることを確信させて下さり感謝します。アーメン。

今日の黙想
クリスチャンとして、私たちはすべて新しいオーナーのもとにいます。

2008/1/28 月曜日

カルバリの愛を知っていますか(40)

Filed under: カリバリの愛を知っていますか — admin @ 6:00:51

主がわたくしを愛し、
かけがえのない御子を
お与えくださったというのに、
もしその主への献身に条件をつけるならば、
そして祈る時にも
「・・・・・・は除いて」という留保を
ひそかにつけるならば??「主よ、すべてに
おいて従います。・・・・・・だけは別として」??、
その時わたくしはカルバリの愛をまったく知らない。

2008/1/25 金曜日

共に成長していく共同体

Filed under: 神様の領域 — admin @ 23:25:00

ヨハネの手紙 1:9〜15
9: すべての人を照すまことの光があって、世にきた。
10: 彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。
11: 彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。
12: しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
13: それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。
14: そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた。
15: ヨハネは彼についてあかしをし、叫んで言った、「『わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この人のことである」。

要約
ヨハネは兄弟たちの妨げとなり、キリストを受けいれもぜず、むしろ受け入れようとする者たちを妨害するデオレベスを責め、彼の行為を見習わないよう注意します。クリスチャンは悪を見ならわず、善を見ならすべきです。

悪を見ならってはなりません(ヨハネ1:9〜11)
教会にいつも毒麦がいるものです。敵は教会の内部にいることもあるのです。教会は福音を伝えることにも力を注ぐべきですが、聖徒の信仰を養育することにも力を注がなければなりません。私たちは利己心のために、或いは間違った考え方によって、神の教会に害を及ぼし得るものです。デオテレペスが行ったことは、本来の使命を忘れた教会が、どれほど神の栄光を遮ってしまうかをよく示しています。彼がこのような間違った行動をしたのは、かしらになりたいという高慢さのためです。彼は自らも善い行いをしないばかりか、自分が持っている権威を利用し、他の人も善いことをできないよう妨げたのです。私たちも同じ間違いをしないよう、歴史から教訓を得なければなりません。

○教会が目指す優先順位をまず考え、教会に仕えていますか。それとも認められたという高慢さが先に立っていますか。

すべての人に称賛される者になりましょう(ヨハネ1:12〜15)
デオテレパスの間違った行いにも関われず、デメテリオは善い行いの手本を示しました。デメテリオはすべての人に認められ、神の真理のみことばに照らして誠実な人して認められました。指揮者になるためには、他の人から認められなけれななりません。また、神の教会は有名、無名の真実な人々によって立てられていきます。善と悪が共存しても、神の国は建てられていきます。状況が異なることもありますが、神の教会を愛し、真理のもみことばに従う心は、いつでも教会の成長に必須です。神の子どもはいつでも教会を建て上げることにおいて、ともに顔を合わす人々です。神は個々人の信者ではなく、各教会ではなく、共に働くことのできる聖徒と教会をくださいました。

○どうすればすべての人の称賛を受ける指導者になれますか。また、どのように神の御国を共に立てあげていきますか。

黙想
互いに挨拶することはとても意味のあることです。この地から天の都に行く旅で、愛の挨拶は兄弟姉妹に誠実さと優れたことを追求し続けていくようにという励ましです。「神の恵みを共に相続した仲間よ、耐え抜いていきましょう」と語るのです。賛美歌の歌詞のように、私たちはシオンに向かって進んでいます。その旅の途中で、私たちは仲間の旅行者を助けてあげなければなりません。愛の挨拶は共に旅を続けられるよう動機を与え、霊感を与えます。

今日の祈り
神様の教会を建てることの助けとなれますように。利己心と優越感を捨て、謙遜になることで、神様に仕え、聖徒に仕え、信仰の手本とならせてください。

2008/1/24 木曜日

神は私たちの祈りを聞かれる

Filed under: 感想と証しの広場 — admin @ 20:24:01

イエスは、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言われた。(ルカ福音書8:25)

私たち家族は、親戚の集まりから帰る途中でした。私たちは新しく出来た道を通ることにしました。道には街灯はなく、人の住んでいない広い土地を通っていました。進むうちに稻光と突風をともなった暴風雨に出会いました。稻光が道を照らし、子供たちは怖がります。

そのうち車の調子がおかしくなり、ついに風の真っ只中で完全に止まってしましました。私は車の外に出て、ボンネットを開けて原因を調べましたが、電器系統の部品が濡れていて、どうすることも出来ません。私はハザード・ライトを点けて、誰かが私たちを助けるために停まってくれることを願いました。しかし、誰も通りませんでした。

嵐はますます激しさを増し、恐怖におののく子供たちの顔が見えました。私は一番下の子供に、「ギリー、私たちのためにお祈りしてくれないか」と言いました。その子は熱い信仰を持って祈りました。祈り終わって間もなく、普段はこの道を通らないのに、一台のバスが来て、私たちの車の横に停まったのです。運転手が助けを申し出てくれました。私たちは道に車を残してバスに乗り、家に帰りました。

神は、暴風雨の最中に私の息子の祈りを聞いて下さいました。それは、神が突風の中で小舟に乗っていた弟子たちの叫びを聞かれたのと全く同じでした。

祈祷:神様、私たちは弟子たちと同じように「わたくしどもの信頼を増して下さい(ルカ17:5)」と願います。アーメン。

今日の黙想
神様どんな時でも、どんな所でも私たちの祈りを聞いておられます。

ベニグノ・カミーナ

2008/1/23 水曜日

恐れ

Filed under: 平安を得るためのヒント — admin @ 20:43:34

主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。(詩篇27:1)

私たちは、自分自身の過敏な感情によって簡単におびえ、気まぐれな感情にすぐ流されてしまいます。そして、あっと言う間に平安を失ってしまいます。心地よい安らぎを切に願う一方、私たちの内側では、なぞめいた恐怖の霊を解き放して楽しんでいるようなところがあります。ホラー映画や怖い話を、見たり聞いたりすることが好きという人は数え切れないほどいます。サスペンスなら、おもしろく、また無害であり得るかもしれません。しかし、自分の感情で作り上げた恐れにふりまわされないようにしましょう。

私たちはこの人生において真のとりでを持っています。このことを神様に感謝しましょう。私たちが、神様にしがみついていることさえできないほど弱くなっている時でも、神様は決して私たちを手放すことはなさらないですから。

2008/1/22 火曜日

カルバリの愛を知っていますか (39)

Filed under: カリバリの愛を知っていますか — admin @ 22:05:36

わたしの句そばにいる魂が
傷つき悩んでいるのに、
もしそれを読む取るだけの思いやりが
わたくしになくて、
無関心のままでいるならば、
その時わたくしはカルバリの愛をまったく知らない。

2008/1/21 月曜日

憐れみをかける

Filed under: 感想と証しの広場 — admin @ 22:01:53

人間にとって最も良いのは、飲み食いし、自分の労苦によって魂を満足させること。しかしそれも、わたしの見たところでは神の手からいただくもの。自分で食べて、自分で味わえ。(コヘレトの言葉2:24〜25)

ある朝、ささいなことで私は落ち込んでいました。昼食のために事務所を出て、人々がアヒルに餌を与えたり、散歩をする湖の近くに車を止めました。そんな静かな美しい風景の中にいてもなお、私は自分の悩みのことばかり考えていました。その時、一台のバンが出入りして、心に問題を抱えた若い人たちをここに連れてきました。この素晴らしい日に外に出て、アヒルに餌を与えるなんて、この人達は何と幸せだろう、と私はしばらく見ていました。そして、神が私に自分を憐れむことについて語ろうとしておられることが分かりました。

あの若い人たちは豊かな神の世界を存分に楽しんでいます。どうして私はそうしないのでしょう。健康にも、家族や友人、仕事にも恵まれ、物質的な豊かさにも恵まれていながら、なぜ私は自分を取るに足らない者であると思うのでしょうか。

あの若い人たちは、湖のそばで、神が下さったあの素晴らしい時の中で喜びを見出していたのです。あの人たちは私が富や地位では持つことも、買うことも出来ないものを持っていました。

私は頭を垂れ、神の祝福を感謝し、この身に余る神の永遠の愛を思いました。幸せな気持ちで職場に帰った私は、自分ばかりに目を向けるのでなく、どのようにしたらこの人生を用いて神を賛美できるか、ということに心を向けるようになりました。

祈祷:愛する神様、あなたの多くの祝福を感謝しながら生きるようにさせてください。アーメン。

今日の黙想

喜ぶ能力は賜物であって、私たちはそれを無視することも用いることも出来ます。今日、どちらになるでしょうか?

ダン・アームフィールド

2008/1/19 土曜日

知恵あること、愚かなこと

Filed under: 神様の領域 — admin @ 12:28:42

ローマ人への手紙16:17〜27
17: さて兄弟たちよ。あなたがたに勧告する。あなたがたが学んだ教にそむいて分裂を引き起し、つまずきを与える人々を警戒し、かつ彼らから遠ざかるがよい。
18: なぜなら、こうした人々は、わたしたちの主キリストに仕えないで、自分の腹に仕え、そして甘言と美辞とをもって、純朴な人々の心を欺く者どもだからである。
19: あなたがたの従順は、すべての人々の耳に達しており、それをあなたがたのために喜んでいる。しかし、わたしの願うところは、あなたがたが善にさとく、悪には、うとくあってほしいことである。
20: 平和の神は、サタンをすみやかにあなたがたの足の下に踏み砕くであろう。どうか、わたしたちの主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。
21: わたしの同労者テモテおよび同族のルキオ、ヤソン、ソシパテロから、あなたがたによろしく。
22: (この手紙を筆記したわたしテルテオも、主にあってあなたがたにあいさつの言葉をおくる。)
23: わたしと全教会との家主ガイオから、あなたがたによろしく。市の会計係エラストと兄弟クワルトから、あなたがたによろしく。
24: 〔わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがた一同と共にあるように、アァメン。〕
25:26:願わくは、わたしの福音とイエス・キリストの宣教とにより、かつ、長き世々にわたって、隠されていたが、今やあらわされ、預言の書を とおして、永遠の神の命令に従い、信仰の従順に至らせるために、もろもろの国人に告げ知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを力づけることのできるか た、
27: すなわち、唯一の知恵深き神に、イエス・キリストにより、栄光が永遠より永遠にあるように、アァメン。

要約
ローマ教会にいる偽教師たちは、教会を分裂させ、自分たちの腹だけを満たしていました。ですから、パウロはローマ教会の聖徒たちに、彼らから離れることを進めます。パウロは最後に同労者たちの安否を伝え、神に栄光を帰します。

間違った教えに対する警告(16:17〜20)
パウロはローマの聖徒たちに教会の中で間違った教えによって真理を混乱させ、聖徒たちを誘惑し、紛争を起す者たちを警戒し、彼らから遠ざかるよう 強く警告します(17節)パウロはそのような人々を指してサタンだと断言します(20節)そして、善にはさとく、悪にはうとくあるよう勧めます(19 節)。また、遠からず神が、まじりけのない真理と教会の一致を壊そうとするサタンの妨げを踏み砕かせてくださると断言し、彼らに惑わされないようにと励ま します。自らの利己的な欲を満足させるため、教会の純潔を壊し、教会の中に紛争を起すことは、サタンのなすことです。神が彼らを必ず踏み砕かれるという確 信と恐れが聖徒たちにはなければなりません。

○教会に分裂を引き起す不平と非難の言葉に同調していませんか。教会が真理の上に立てるようとりなしていますか。

祝福と賛美(16:21〜27)
最後にパウロはコリントにいる同労者たちのあいさつを、ローマの聖徒たちに伝えます(21〜23節)。全地に散らばっている聖徒たちが、キリスト を同じ主として仕えているというただひとつの理由によって互いにあいさつをかわすことは、神が聖徒たちに福音を信じ、従うようにされ、福音によって聖徒た ちにくださった美しい特権です。このような特権は、神が聖徒たちに福音を信じ、従うようにされ、福音によって聖徒たちを堅く立たせてくださった結果です。 パウロはローマの聖徒たちに、彼が伝えた福音の主題と起源、目的と力が何であるかをもう一度まとめながら、神にささげる荘厳な賛美をもって書信を結びま す。「知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン。」

○同じ主に仕えるいるという理由だけで、苦難にある国や地域にいる聖徒たちのためにとりなしていますか。

黙想
クリスチャンは悪に対しては愚鈍で、善いことに対しては知恵深くなければなりません。「善にはさとく、悪にはうとく」ということは、その善を知る だけでなく、それを行う方法を知ることです。しかし、善と距離を置いて生きてきた人々は、善を知らないだけでなく、行おうとしても、どこからはじめるべき かわかりません。善にさとく、悪にうとくあることが、クリスチャンの姿勢です。

今日の祈り
私の究極的な義務は、パウロのように最後まで”送られた者”になることであると悟らせてください。そして、すべての民が主を信じ、救われますように。

2008/1/17 木曜日

カルバリの愛を知っていますか (38)

Filed under: カリバリの愛を知っていますか — admin @ 19:26:14

もし仕事の途中で
邪魔をされて不愉快になり、
個人的な煩わしさでいら立つならば
もしわたくし自身が暗い思いに
されているということで、
まわりの人たちをも暗くしてしまうならば、
その時わたくしはカルバリの愛をまったく知らない。

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2008/1/16 水曜日

条件はない

Filed under: 感想と証しの広場 — admin @ 20:44:06

主に依り頼む人は、シオンの山、揺らぐことなく、とこしえに座る。(詩篇125:1)

私は男子の聖書研究グループに入っています。私たちの基本ルールの一つは、私たちがどんな話題を話し合うときも心を開いて自由に語る、ということです。最初、私は自分の心の底の秘密と心配事について他の人たちと話合うことは難しいと思いました。時が経つにつれて、私はだんだん心を開き。信頼するようになりました。しかし、心の中では、私たちの誰かは自制できず、人を裏切ることがあることも分かっています。結果として、私は信頼に何かしらの条件をつけていたのです。

神を信頼するとはそうしたことではありません。神の本質を知っている私は、神をむ条件で信頼することが出来ます。この信頼は決して裏切られることはありません。神はすでに私たちの奥底にある秘密、心配、罪を知っておられます。私たちの側にためらいがあり、自分を赦せずにそうしたことを神に打ち明けられないことは度々ありますが、詩篇18:31(口語:30)は、「神の道は完全、主の仰せは火で練り清められている。すべて御もとに身を寄せる人に主は盾となって下さる」ことを私たちに知らせてくれます。神がどんなときも私たちを愛し、赦して下さるので、私たちは自分の秘密や必要のすべてを、何の条件もつけずに神に委ねることが出来るのです。

祈祷:主よ、すべてのことをあなたに委ねられますように。あなたの私たちに対する全き愛と誠実を思い出させて下さい。アーメン。

今日の黙想
神は私たちの心の奥底の秘密を知っておられ、愛を持って私たちを見ておられます。

コール・ワーナ

2008/1/15 火曜日

カルバリの愛を知っていますか (37)

Filed under: カリバリの愛を知っていますか — admin @ 17:25:53

ほかの人たちが楽な気持でいられるようにと、
もし心を用いることがないならば、
彼らの感情を、
また彼らのちょっとした弱点をも
暖かく包みこむことをしないならば、
もし彼らの心の痛みに
気づくことができないために
それをいやす機会を取り逃すならば、
そして家庭の営みが滑あかに行われることを
困難にしているならば、
その時わたくしはカルバリの愛をまったく知らない。

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